#3「娘に語る祖国」(つかこうへい著)

紹介:宮原奨伍 聞き手:広山詞葉

宮原奨伍(以下、宮原):それではつかこうへいを読む第3回目となります。 よろしくお願いします。

広山詞葉(以下、広山):よろしくお願いします。

宮原:今回、僕が紹介する本は『娘に語る祖国』つかこうへいさんの作品、1988年に出されたものですね。

広山:1988年。

宮原:はい。公文社から出ているものなんですけれども、なぜ僕がこの本を読んだのかっていうことを、まずお話しするとですね。

広山:はい。

宮原:そのつかこうへいさんっていうのは、在日韓国人だっていうアイデンティティがありますよね。
それについて彼がこんなふうに思ってるとか、どういう捉え方をしているかっていうことが、つかさんの作品には大きく反映されていて。そこが作品の根源になっている部分があるっていう話をほうぼうからたびたび聞いていて、その「祖国」ということを娘に語るつかさんのことを知れたら、そこが紐解けるのではないか、と思い、この本を選びました。

広山:なるほど。

宮原:それでまずは、この本には、どんなことが書かれているかというと、つかさんには娘さんがいらっしゃるんですけど、みなこさん(愛原実花:愛称「みなこ」)っていう女優さんで、熱海殺人事件も紀伊國屋ホールで風間杜夫さんと、平田満さんとご一緒にやられてましたけども。

広山:はい。2015年に上演されてましたね。

宮原:みなこさんが生まれて4歳になるところから書かれているんですね。
それで、つかさんは「パパはね。」ていう語り口調なんですよ。「パパはこうこういうことをしたんです。」っていう。

広山:娘へ向けての言葉遣いなんですね。将来、娘に読んでほしいという言葉の形になってるんですね。

宮原:そうですね。

広山:語りかけるような。

宮原:はい。娘への手紙みたいな感じかなというふうに、全体を通して思いました。
その中で、在日韓国人ということで、日本に住んでいて、差別をたくさん受けてきたということがまず前提に書かれているんですね。

広山:はい。

宮原:で、そのなんだろうな、韓国が戦争に負けて、日本に連れてこられた韓国人たちがいてっていう、その歴史がベースになっているわけだけれども、そこでそれを恨んでいてもしょうがないと。 あいつら日本人はって言っててもしょうがないと。そういうことを言ってるやつらのことを甘えてるやつらだって言ってるわけ。

広山:なるほど。
宮原:だから僕は甘えずに生きるということが書かれていたりするんだけど、それはすごくなんだろうな。 胆力がいることだったんじゃないかなって感じるわけですよ。

広山:うん。

宮原:韓国につかさんが祖国を知りに行くっていうタイミングがあるんですよ。それは、「熱海殺人事件」の韓国公演を上演された時のことで。

広山:あぁ。

宮原:つかこうへいっていうのは、日本でブームになっていて、その影響で韓国から「君の芝居を持ってきてくれ」って頼まれて行ったのに、空港で「恥ずかしくないのか?」とか「どの面下げてきたんだ?」みたいなことを言われたりとかするわけ。

広山:なんで?

宮原:それは「在日韓国人に何ができるんだ」みたいな。在日韓国人ということは、要は国籍が日本なので、韓国人からすると在日韓国人というのは、裏切り者のような感じで、日本国籍があるなんて韓国人じゃない!みたいな捉えられ方をしてたりするわけ。

広山:日本から芝居を作りに来たのに。

宮原:そういう出迎えられ方をされたと。で、つかこうへいさんって、そもそも韓国語をしゃべれないんですよ。

広山:そうなんですか?

宮原:うん。なぜ僕が韓国語をしゃべれないのかっていうのも、この本の中に書かれていたりもするんですけども、韓国語がしゃべれないから僕行きますよって、通訳の人がついてきてくれることになるんですね。

広山:はい。

宮原:で、通訳の人に本当に無茶しないでくださいよ。韓国では、今の日本のあなたの横柄な態度は通用しませんよ。みたいなことを言われるんだけど、 「知るか。俺が日本では偉そうで韓国に行って偉そうにしなかったら日本人に失礼だろ。」 って言うんです。日本をバカにすることになるだろう、みたいなエピソードもあったりして。

広山:なんで、韓国語をしゃべらないんですか?

宮原:日本にいるときに韓国に行ったんだって。親族に「お前は日本にいるんだから出世してくれ。」と、法学部に入って弁護士になってくれ、とかそういうことを言われて、つかさんは文学部に入るんだっていうことを言ったら、「そんな文学なんかやったって何の金にもならない、いい加減にしろ。」みたいなことを言われて、親にそんなことを言われるのがもう嫌で、親の言うことを聞きたくなくて、韓国語を覚えるのやめたんだって。

広山:親への反発だったんですね。

宮原:そうですね。この本は韓国に行った時の話が主軸で描かれているんですけど、その自分の祖国っていうのが何なのかっていうことがここに書かれています。僕は日本人で、国籍も日本っていうのはもう当たり前にある中で、 つかさんは、日本に居ても在日韓国人だし、韓国に行っても韓国人として認めてもらえないみたいな。 じゃあ、自分は何者なんだっていうことをすごく考えた人なのかな?

広山:そうですねぇ。

宮原:だからね、なんかこう、すごく弱い人、弱い立場の人を、愛を持って描くっていうのが、つかこうへい作品の特徴だと思うんですけど、そういうことが僕はこの本を読んで、ちょっと紐解けたのかなと思いましたね。

広山:いま話を聞いていて、つかさんのいう「祖国」はどちらを指すのかなというのがすごく気になりました。

宮原:そうですね。

広山:それこそ、売春捜査官なんて李先輩が出てきて、在日韓国人として、結構なことをされるじゃないですか。そういうことも書かれていたりするんですか。

宮原:そのまま書かれています。本当にこんな扱いを受けるのはおかしいんじゃないかって。 これだけ僕は祖国だと思って帰って来たのに、なぜそんな扱いをされるんだっていう。それこそ本当に李大全(り・だいぜん)のセリフがそのまま書かれているような感じだった。

広山:魂の叫びなんですね。

宮原・本当にそうだと思う。

広山:売春捜査官をやる上で読まないといけない本ですね。

宮原:そうですね。売春捜査官をやる上では特に意味のある本だと思いますね。つかさんがこの「娘に語る祖国」で書かれていることで、ああ、なるほどなぁと思ったのは、「これが俺の子供が息子だったら違う。」って書かれているの。

広山:あぁ。

宮原:息子だったらこうはなってないっていうね。

広山:うん。

宮原:なんかね、本当だったら、臨月で死んじゃったお兄さんがいたんだってことが書かれていて、 だからつかさんがどうして、日本人の女性と結婚して、その結婚した相手を韓国籍にせず日本籍のままで、とかっていう。 その選択と決断をいくつかしなきゃいけないシーンがあるの。その娘さんを韓国籍にするのか、日本籍にするのかとかね。なんかそういうところでも節目節目ですごく考えるところがあったんだろうな、と。

広山:そうですね。

宮原:すごく印象的だったのは、「僕は作家だから 一日1人の時間が3時間はないとダメなんだ」って書いてあるわけ。 一日1人の時間3時間ってすごくないですか? あるそんなに?

広山:私もないとだめかも。

宮原:3時間も?

広山:台本読む時だって1人ですよね?

宮原:たしかにそうですね。僕もそういう時間は必要なんですけど。一日稽古をやってる時間以外に、3時間自分で時間をとって 何かにかついて考えるとか、書き物をするというのはちょっと僕は難しいですね。 だから、どんな時間の使い方なんだろうなぁと思って読んでましたね。

広山:つかさんで3時間って、私、逆に少ないなと感じました。つかさんは、たくさんの人と会ってるからだと思うんですけど、作家さんって人に会わない人は本当に会わないじゃないですか。

宮原:そういうものなんですね。

広山:ちなみにこの本は、つかさんが演劇活動を休まれてた時の小説ですかね?

宮原:そうですね。1988年なので。家族ができたタイミングなんだよね。 おそらく。

広山:そっか。

宮原:でも子供が生まれる、そんな大事な時にも、人に相談事をされていて、僕はそっちを取っちゃったみたいな人なのよ。 出産に立ち会わずに翌朝、君を見た時に僕は~みたいなことも書かれていて。

広山:えー!

宮原: だからこれをね、もちろんみなこさんは読んでらっしゃると思うんだけど、どんな気持ちになったんだろうなって思いますね。 この本の中で、「僕は父としてスキャンダルも多いし、世の中に後ろ指さされるような生き方をしてきてしまったから、これを書くこと自体恥ずかしいんだけど、全部話します。」みたいな形で書かれていてね。 何を恥と思うかが人間の大事なことだよって、その娘に教えるような、親として責任みたいなものが書かれていたな。

広山: 勉強になりました。

宮原:というわけで、第3回は「 娘に語る祖国」でした。

広山: ありがとうございました!

宮原:ありがとうございました!