1970〜80年代、日本演劇に激震を走らせたつかこうへいの言葉と方法論を、弟子として最も近い距離で浴び続け、その創作の現場を内側から生きてきた人物です。
俳優として、そして後に演出家として数多くのつか作品に関わるなかで逸見さんは、過剰な言葉が放たれる理由、極限まで俳優を追い込む稽古の意味、理屈を超えて感情が噴き出す瞬間がいかにして立ち上がるのかを、現場で体感し続けてきました。それは作品を「整える」演出ではなく、つかこうへいの言葉と思想を舞台上に成立させるために、演出家自身が身を削り続ける行為だったと言えます。
本対談では、つかこうへいの現場で何を学び、何を受け継ぎ、そして時代が変わった今、何を問い直しているのか──。体験者であり継承者でもある逸見輝羊さんの記憶と言葉が、「つか演劇とは何だったのか」、そして「演出家が演劇を生きるとはどういうことか」を、静かに、しかし確かな強度をもって問いかけます。
酒井敏也さんの俳優人生において、つかこうへいはまさに「身体ごと引き受けざるを得ない存在」でした。1970〜80年代、日本演劇に激震を走らせたつかの言葉と演出は、俳優・酒井敏也の身体を通して、舞台上に生々しく刻み込まれてきました。
数多くのつか作品に出演するなかで酒井さんは、過剰な言葉、極限まで追い込まれる身体、そして理屈を超えて感情が噴き出す瞬間に真正面から向き合ってきました。それは役を「演じる」というよりも、つかさんの言葉を肉体に通し、観客の前に立ち上げる行為そのものだったと言えます。
本対談では、つかこうへいの現場で何を要求され、何を削られ、そして俳優として何が残ったのか──。体験者だからこそ語れる記憶と言葉が、「つか演劇とは何だったのか」、そして「俳優が演劇を生きるとはどういうことか」を静かに、しかし強く問いかけます。
マキノノゾミさんの演劇人生において、つかこうへいは「避けて通れない存在」でした。1970〜80年代、日本演劇に決定的な衝撃を与えたつかの言葉と熱量は、マキノさん自身の創作意識にも深く刻まれています。
『初級革命講座 飛龍伝』の演出をはじめ、マキノさんはつか作品に真正面から向き合い、その過剰さ、危うさ、そして言葉が身体を突き動かす瞬間を、現代の舞台へと接続してきました。そこには、つかを神話化するのではなく、「今もなお生きて作用する演劇」として立ち上げようとする明確な意思があります。
本対談では、つかこうへいという存在をどう受け止め、どう距離を測り、何を受け継いできたのか──。演出家・劇作家としての視点から語られる言葉は、「継承」とは何かを改めて問い直すものとなっています。
井上さんの演劇人生を決定づけたのは、つかこうへい作品との出逢い。つかこうへい事務所の設立当初から参加し、『熱海殺人事件』や『初級革命講座 飛龍伝』『出発』など、数多くのつか作品に出演する中で、その衝撃が井上さんの内側に「舞台と共に生きる」という強い炎を灯しました。
やがて、つか作品から、永井愛、松田正隆、平田オリザといったさまざまな劇作家・演出家の作品でも存在感を発揮し、幅広い解釈力と深い身体性で舞台に息づく役を創出してきた井上さん。すべてが彼女の創作の原点であり、今なお燃え続ける情熱の源となっています。
その後2005年には、俳優・平田満さんと共に**企画プロデュース共同体「アル☆カンパニー」**を設立し、自身の表現をさらに拡張する場を築きました。
本対談では、つかこうへいとの「出逢い」から、受け継がれた精神、「継承」への想いまで、井上加奈子さんが演劇という生き物をどう見つめ、どう闘ってきたのかが語られます。つかこうへいの魂を継ぐ者として、井上さんが今、あの時の“熱”を語っていただきました。
劇団扉座の主宰であり、演出家・劇作家として走り続ける横内謙介さん。
横内さんの演劇人生を決定づけたのは、高校時代に出会った――つかこうへい『熱海殺人事件』。
その時の衝撃が、横内さんの中に「演劇で生きる」という炎を灯しました。やがて、つかこうへいさん本人と直接出逢い、言葉を交わす中で、“戯曲とは、生きることそのものだ”というつか哲学に真正面から触れることになります。
すべてが横内さんの創作の原点であり、今なお燃え続ける情熱の源。
本対談では、その「出逢い」から「継承」まで、演劇という生き物をどう見つめ、どう闘ってきたのかが語られます。
つかこうへいの魂を受け継ぐ者として、横内謙介さんが今、あの時の“熱”を語っていただきました。
長年にわたり“つかこうへい作品”の音響を支え続けてきた山本さんが登場。
どこからその言葉が、どこからその音が、“口立て”となって現れるのか――ずっと側にいた山本さんだからこそ知る“つかこうへい”との出逢い、その言葉の発動源。
山本さんは、つかこうへいさんの演劇に携わり始めた当初、「灰皿、ドーナツレコードを投げつけられ、『ばかやろう!きさま!』と叱られっぱなし」だったと語っています。
それはただ“音を出す”というよりも、「役者の台詞のリズム・テンションと自分の意識が一致したとき、観客席の空気が前後に動くかどうか見ろ」と言われた瞬間から、自分の価値観が徹底的に壊され、新たな音響表現へと向かう旅だったと。
宮原奨伍が、小演劇界を牽引する演出家・堀越涼さん(あやめ十八番 主宰)との対談を実現!
堀越さんは、つかこうへい作品を敬愛し、自身の演劇活動においてもその精神を継承し続けてきた存在。同じ時代を生きる演劇人として対話できることは特別な意味を持ちます。
今回の対談では、堀越さんがつか作品と出会ったきっかけ、その作品群から受けた影響、そして現代において「つかこうへいをどう上演していくのか」というテーマを、真正面から語り合いました。つかこうへいを愛する方々はもちろん、堀越さんの演劇観に触れることで、きっと多くの刺激とインスピレーションが得られるはずです。
【O-MEDAMA produce公演情報】
『飛龍伝 二〇二六 -かつて、若者たちが見た明日-』
原作:つかこうへい
脚色・演出:髙橋広大(ナイーブスカンパニー)
出演:八坂桜子(O-MEDAMA/劇団ジグザグバイト)
会場:西鉄ホール(福岡市中央区天神2丁目11-3 ソラリアステージビル6F)
近江谷太朗さんとの出逢いは、数年前に上演した、つかこうへいの代表作『熱海殺人事件』です。
長年にわたり舞台・映画・ドラマで活躍されてきた近江谷さんと、このつかこうへい作品で共演できたことは、大きな喜びでした。稽古場では常に全体を見渡し、役者同士の呼吸や場の空気を大切にする姿勢から、多くを学ばせていただきました。
公演の合間や稽古後の雑談では、つかこうへい作品が持つ独特の熱量や、劇作家つかこうへいの人柄について語ってくださったことをよく覚えています。今回のインタビューでは、『熱海殺人事件』を共に作り上げた舞台裏や、つかこうへいの魅力、そして俳優として舞台に立ち続ける理由をじっくりとお話しいただきました。(宮原奨伍)
横山一敏さんとの出逢いは、15年ほど前の劇団大人の麦茶の公演です。
今でも懇意にさせて頂いて嬉しい限りです。
いつも氣のいい兄貴で、共演させて頂き、殺陣は芝居だ、とはっきりと教えてくださったことを覚えております。
その後も劇団の芝居での立ち回りだけつけに来てくださったり、小道具を手作りで作ってくださったり。
そんな折に、つかこうへいさんのお話をしたことを良く覚えておりまして、お願いをいたしました。
つかさんの車の運転も任されていた時期のこと、つかこうへいさんの人柄と魅力を語ってくださいました。(宮原奨伍)



