
紹介:宮原奨伍 聞き手:広山詞葉
宮原奨伍(以下、宮原):今日ぼくがご紹介する本は、長谷川康夫さんの『つかこうへい正伝Ⅱ』です!以前ご紹介した『つかこうへい正伝』の続編になります。
広山詞葉(以下、広山):読む旅企画の第一回目が『つかこうへい正伝』でしたね。
宮原:この“Ⅱ”がすごく分厚いんですよ。
広山:もう辞書みたいですね、これは。
宮原:本当に(笑)。でも、読んでいくと、この厚みが必要だった理由がよくわかります。実は僕、前に一度長谷川さんにお会してお話する機会がありまして、そこでYouTubeのインタビュー出演のお願いをさせて頂いたんですね。
広山:はい。
宮原:そのときは丁寧に出演が出来ない旨を伝えて頂いたんですね。
広山:そうだったんですね。
宮原:でもその時は、まだこの『つかこうへい正伝Ⅱ』を読む前だったので、その理由が分かんない部分もあったんですね。でも、この本を読んで、その時に仰っていた言葉の意味が、やっと腑に落ちました。
広山:どんな内容だったんですか?
宮原:「もうやらないって決めてるから」的なことですね。
広山:その理由が書かれている。
宮原:そうですね。まずこれを、どれほどの時間と覚悟を費やして書いたんだろうと思いながら読みましたね。
広山:大変なことですよね、この量を書くというのは。
宮原:しかも、当初は“Ⅱ”を書く予定はなかったそうなんです。
広山:そうなんですね。
宮原:『つかこうへい正伝』刊行後につかさんが亡くなられて、その後、朝日新聞から連載のお話が来て、「まだ書き足りないことがあるんじゃないですか?」と言われて。
広山:この本は、それがきっかけで生まれたんですね。
宮原:そうです。まだ書ききれてはないものが、長谷川さんの中であったんでしょうね、きっと。
広山:これは1982年~1987年と表紙にも書かれていますね。
宮原:今回描かれているのは、1982年のつかこうへい事務所解散から、つかさんが再び演劇に戻っていく所が描かれていますね。
広山:小説を書かれていた時期ですね。
宮原:前作は“当時の演劇の空気”が強く伝わってくるものでしたが、今回は“つかこうへいという人間”がより深く見えてくるような感じかな。長谷川さんは「早稲田小劇場」出身で、「劇団暫(しばらく)」でつかさんと活動していた方で、そこには平田満さんや、のちに風間杜夫さんが関わっていく流れも描かれています。なによりつかさんの人柄を伝えたいという気持ちが随所に滲んでいるのが印象的ですね。
広山:人柄がよく伝わる本なんですね。
宮原:そう思います。しかもこの本は「つか芝居とは何だったのか」という問いから始まるんです。事務所解散までの葛藤や、テレビドラマ『つか版 忠臣蔵』を立ち上げたときの裏側のエピソードやなぜこの作品が映像に向いているのか、なども書かれていますね。
広山:えーおもしろい!テレビドラマの話も出て来るんですか?
宮原:出てきます。「映像に残るつか芝居」という章があって、詞葉さんが以前『青春かけおち篇』のシナリオを紹介してくれましたよね。
広山:はい、第4回で紹介させていただきました
宮原:まさにその時期の出来事がここに書かれていますよ。
広山:え!読みたい
宮原:ぜひ読んでみてください。大竹しのぶさんの話も出てきますよ。
広山:なにが書かれているんですか?
宮原:つか芝居といえば台本を使わず、口頭で台詞を伝える“口立て”と言われる演出技法が有名ですが、それをテレビドラマの現場にも持ち込んでいたこととか。
広山:え!ドラマも口立てで作ってたってことですか!?
宮原:そうみたいですね。
広山:すごーい!
宮原:すごいですよね。そのドラマの現場に、つかさんのもとで鍛えられた俳優たちを連れて行って、テレビ俳優の前で演じさせる、なんてこともあったらしくて。
広山:お手本みたいな感じですか?
宮原:そんな感じだと思いますね。
広山:大竹しのぶさんの前で?(笑)
宮原:そうですね。長谷川さんいわく「大竹さんには度肝抜かれた」と書いてありますし、「つかさんの顔が輝くのが分かった」ともありますね
広山:とても興味深いですね。
宮原:この本には、つかさんは実は寂しがり屋だったっていうこととか、長谷川康夫さん目線で俯瞰でも描いてくれているからこそ、つかさんの人柄が想像しやすいんだと思います。
広山:なるほど。少し話しが変わりますが。
宮原:はい
広山:最近、今回の出演者で“熱海殺人事件”の読み合わせをしたじゃないですか。
宮原:しましたね!
広山:その時に思ったんですけど、つかさんは、風間杜夫さんや平田満さんに台詞を当てたわけですよね。
宮原:そうですね。
広山:それは、その場の空気の中で生まれた台詞じゃないですか。それを文字にして、さらにその台詞を私たちが読んで演じるって、すごいナンセンスだなって感じてしまうことがあって。
宮原: それは僕も思いましたね。
広山:これは、つかさんが亡くなられた今、どうしたらいいんでしょうか?
宮原:でも一方で、岸田戯曲賞を受賞した作品として脚本を読み解く価値もあると思うんですよね。読む行為自体はもちろん否定しないし、ただ“台詞だけにフォーカスしてしまう”と本質からズレてしまう、という作品なんじゃないかなとも思うわけです。
広山:そうですね
宮原:でもこれについては、本当にずっと考えている部分ですね。
広山:ちなみにこの『つかこうへい正伝Ⅱ』は前作の『つかこうへい正伝』を読んでない人でも、楽しめますか?
宮原:楽しめると思いますね!つかこうへいさんについて書かれた本の中では一番新しい本ですね。
広山:2024年1月出版ですね。昨年ですね。
宮原:2年弱くらいですね。あと最後の【あとがきらしきもの】というものあるんだけど。
広山:はい。
宮原:ここには「そしてつかこうへいについて何かを書くというのは、もう本当にこれが最後であり、この先絶対にないということを、いまここに断言しておく。」と書いておりますね。
広山:これが、奨伍さんからのインタビュー依頼をお断りになった理由に繋がっているということですね
宮原:そうだと思います。本当に、ここに全て書き切ったぞ!という一冊なんだと思います。
広山:読ませて頂きます。
宮原:ぜひ、読んでみてください。皆さんも読んでみてください。
広山:本日はありがとうございました!
宮原:ありがとうございました!

紹介:宮原奨伍 聞き手:広山詞葉
宮原奨伍(以下、宮原):つかこうへいを読む旅、第5回目です。5ヶ月目に入りました。
広山詞葉(以下、広山):あっという間ですね。
宮原:そう考えると、月1ペースだと、あと4回くらいしか紹介できないんですよね。
広山:1月に1回だと、確かに。
宮原:それも僕らのやる気次第なんですけど(笑)
広山:でも、つかさんの本ってそんなにたくさんあるんですか?
宮原:実は、文庫本だけでも75冊も出てるんですよ。
広山:すごいですね。75冊…!
宮原:全部読むのは簡単じゃないかもしれないけど、1日1冊読めば、2ヶ月ちょっとで全部読めますから。
広山:でも、全部読みましたっていう人、きっといらっしゃるんでしょうね。もしそういう方がいたらDMしてください。
宮原:ゲストにお呼びしたいですね。
広山:我こそはという方、ぜひお話伺いたいです。
宮原:さて、今回紹介するのは『いつも心に太陽を/定本ヒモのはなし』です。
広山:これは小説ですか?
宮原:短編小説集になってます。「ロマンス」「惜別」「弟よ!」「見合い写真」「かけおち」「ポックリ・ソング」「ヒモのはなし」「断絶」などが収録されていて、最後に「ヒモのはなし」という戯曲も入ってます。
広山:こんなにたくさん入ってるんですね。
宮原:そうなんです。「ヒモのはなし」は戯曲ですが、それ以外はすべて小説。「ヒモのはなし」については、小説版と戯曲版の両方が存在していて、読み比べても楽しいかもしれませんね。
広山:たしか、奨伍さんは「ヒモのはなし」を、一人芝居でやられてましたよね?
宮原:そうですね。もともとは6人の登場人物がいる戯曲なんですけど、それを一人芝居用に再構成した脚本もあるんです。蓮見さんという方が、小説をもとに戯曲化した形ですね。
広山:どちらを読んでも楽しめそうですね。
宮原:この作品には、つか作品で有名な「ストリッパー物語」と通じるテーマがあって、ストリッパーとヒモの男たちが共同生活しているという設定なんです。10人くらいの“ヒモ”たちが一つの部屋で暮らしている。
広山:生々しいですね。
宮原:でも、単なるヒモの話ではないんですよ。中に“ヒモ道”という言葉が出てくるんです。柔道、剣道、茶道、書道のように、「ヒモにも“道”がある」って言い切る男が出てくるんです。
広山:それはつかさんならではの感覚ですね。
宮原:ヒモって、一般的には“弱者”として描かれがちですけど、ここでは逆に“最強”として描かれているようにも感じるんです。昭和という時代背景のなかで、女性に養ってもらう男に対して「情けない」とか「男がすたる」といった価値観があったと思うんですが、その価値観に抗うようなロマンがある。
広山:今だったらまた見え方も違ってきそうですね。夫婦の在り方も多様ですし。
宮原:そうですね。つかさんが書いた当時には、そういう男の生き方に対する厳しい視線があった。でも、そのなかにある美学を描こうとしてる。読んでいて「これはただのヒモの話じゃないな」と思わせるんですよね。
広山:ヒモを“道”にする感覚、すごく独特ですけど、どこか説得力がありますね。
宮原:つかさんの作品って、社会から見て“弱い”とされている存在を、独自の視点で肯定することが多いと思うんです。それが今回の短編集でも随所に出ていました。
広山:私は短編映画が好きなので、短編小説ってすごく合ってる気がします。1日1作品、気軽に読めて、深く入れるし、時代にも合ってる気がします。
宮原:1日1本読んでいけば、1か月で30作品くらい新しい物語に出会えますしね。
広山:「ロマンス」もその一つですよね。水泳選手の話でしたっけ?
宮原:そうです。オリンピック選手ではないけれど、水泳に打ち込む青年の話。同性への感情が描かれていて、当時としてはかなり踏み込んだテーマだったと思います。
広山:「いつも心に太陽を」にも、そういう人間関係の繊細な描写がありますよね。
宮原:そうですね。ただ、この短編集のタイトルにはなってますけど、「いつも心に太陽を」という小説は実は収録されてないんです。
広山:えっ、そうなんですか? 入ってると思ってました。
宮原:私たちが知ってる演劇の「いつも心に太陽を」は、「ロマンス」とはまた別作品で、それ自体はこの本には小説として収録されていないんです。
広山:じゃあ、タイトルだけが存在していて、中身にはないということなんですね。
宮原:そう。でも、「いつも心に太陽を」という作品自体は別に存在していて、戯曲として上演もされてます。
広山:短編小説にはなり得なかったってことなんですね。どっちが先に書かれたんでしょうね?「ロマンス」と「いつも心に太陽を」。
宮原:僕は知らないです。誰か知ってますか?(笑)
広山:それにしても、つかさんって小説も戯曲も書かれていて、両方のスタイルにまたがってますよね。
宮原:小説と戯曲って、明確に「何が違うか」って、僕はちゃんと習った記憶がないんですよね。
広山:私もないです。小説ってもっと描写が細かくて、文字から想像する部分が多い、というイメージはありますけど。
宮原:小説を経た脚本家ってやっぱり強いんだろうなと思う部分もあるけど、つかさんの場合、口立てで芝居を作る人でもあるから、一概には言えないところもある。
広山:今日まさに、「つかこうへいって誰ですか?」って聞かれたんですよ。ギャラリーを貸してくれてるルデコのオーナーさんに。44歳の男性の方で、今さら聞けなかったんだと思います。チラシも置いてもらってるし、私が毎回つかさんの話してるから。
宮原:その質問、むしろうれしいですね。
広山:私、「一時代、演劇ブームを作ったカリスマ演出家です」と答えたんですけど、演劇がスタートで合ってますよね?
宮原:合ってます。最初は詩人なんですけど、そこから演劇に入っていって、途中で演出を離れてた時期に小説を書いたりしてます。
広山:詩人か!そうでした。
宮原:読書が好きだったみたいで、子どもの頃から本に親しんでたみたいですね。
広山:なるほど。演劇だけじゃなくて、小説という表現も同じくらい大事にされてたんですね。
宮原:そう感じます。今回紹介した短編集でも、その幅広さがよく伝わってきますよ。
広山:今回も、深くて楽しい紹介をありがとうございました。
宮原:こちらこそ、ありがとうございました。また次回も、面白い作品を紹介します。

紹介:広山詞葉 聞き手:宮原奨伍
宮原奨伍(以下、宮原):「つかこうへいを読む旅」、今日は第4回目です。よろしくお願いします。
広山詞葉(以下、広山):よろしくお願いします。
宮原:今回、詞葉さんが紹介してくださいます。今回紹介してくださるのは?
広山:はい。今月は『シナリオ 青春 かけおち篇』です。
宮原:これは映画化もされていますよね?
広山:そうなんです!主演は大竹しのぶさんと風間杜夫さん。お二人ともかなり若い頃で、めちゃくちゃかっこいいです。定価が300円という時代感もたまりません。昭和61年発行です。
宮原:1986年ですね。
広山:私はまだ1歳ですね。でも、そんな時代の作品でも、読んで「面白い」と思えるんですよ。
宮原:どんな話なんですか?
広山:誰にも求められてないのに駆け落ちするっていう、青春物語なんです。で、宿に泊まって「誰か迎えに来てくれないかな〜」って待ってるんだけど、誰も来ないんですね。
宮原:自分たちを探す人たちがいると。
広山:そう。探してもらうために私たちは駆け落ちするんだ、と。自分から電話したりして(笑)。
宮原:駆け落ちの意味とは…(笑)。
広山:別にそんなに反対されてないんですよ。「この二人が一緒になっても、まあいいんじゃない?」みたいな感じで。でも本人たちは「青春だ!駆け落ちだ!」って盛り上がってる。その温度差がまた面白いんですよ。私は映画でこの作品を知って、演出もすごく印象的だったので、「台本ではどう書かれてるんだろう」と思って買いました。
宮原:この本はシナリオなんですか?
広山:そうなんです。映画のシナリオがそのまま載っていて、キャスト・スタッフ表や劇中の写真もある。映画好きとしてはたまらない内容です。
宮原:実際に現場で使われていた、大竹しのぶさんや風間杜夫さんが持っていた台本の、ただ小さい版ってことですね。
広山:そうなんです。読んでいると、シーンを思い浮かべながら楽しめる構成になっていて、すごくワクワクします。
宮原:普段から戯曲や脚本を読むことが多いんですか?
広山:小説よりも戯曲や脚本を読むことが多いですね。本棚はほぼ戯曲と脚本です。
宮原:「青春かけおち篇」は、つかこうへい作品としては、どんな魅力を感じたんですか?
広山:圧倒的に“テンポ”ですね。読んでいて、声に出さなくてもリズムがある。会話のスピード感、テンポの心地よさは、まさにつかさんならでは。シナリオの段階からそれが感じられるのがすごいです。
宮原:声に出さずともテンポが伝わる脚本って、すごいですね。
広山:この本が面白いのは、脚本なので当然セリフが書かれているんですけど、それだけじゃなくて、例えば「ここでタイトルが入る」とか「ここでクレジットが始まって、どこで終わる」とか、演出に関する指示がすごく細かく書かれてるんですよ。
宮原:そこまで?
広山:はい。そういう部分って、私の認識では映像だと監督が決めるものだと思っていたんです。でも、つかさんのこのシナリオでは、そういった演出面までしっかり指示がある。
宮原:そうですよね
広山:以前、倉本聰さんのドラマに出演させていただいたときも、台本がすごく細かくて。音楽がどこで入って、どこで止まるかまで書いてありました。だから、つかさんのこのシナリオを読んで「なるほど、やっぱり演出家なんだな」って思いました。
宮原:ああ、それは確かに。つかさん自身が演出家でもあるから、映像化されるときにも「ここはこうしてほしい」っていうのが明確にあったのかもしれませんね。
広山:もしかしたら、映画も自分で監督したかったんじゃないかなって想像しちゃいました。
宮原:そうですね。『蒲田行進曲』も映画版の監督は深作欣二さんですし、他の映画もつかさんご自身が監督したものはないですよね。
広山:つかさんの中では、自分の作品の“画”も見えてたのかもしれません。だからこそ、シナリオの中に細かく書いているのかも。
宮原:この作品、登場人物も多いんですか?
広山:多いですね。ざっと見ただけでも20人以上はいます。
宮原:それって、読み合わせとかしたら面白そうですね。
広山:絶対面白いと思います! 実は私、不定期で戯曲を読む会をやってるんです。シナリオを声に出して読むと、ただ読むだけでは分からなかったニュアンスや違う印象を受けたりしますよね。
宮原:そういう会があるんですか?
広山:はい。以前にそこで、難解な岩松了さんの作品を呼んでみて、声に出してみると圧倒的な言葉の美しさがより伝わってきたりして、発見があるんです。
宮原:つか作品でやったら楽しそうですね。
広山:やってみたいんです。たとえば、今回の企画のイベントの中で『熱海殺人事件』など、つか作品のファンの方々と一緒に戯曲を読む会を開くとか。輪になって、一人ひと言ずつセリフを読んでいくだけでも、十分に面白いと思うんですよ。
宮原:参加のハードルも下がるし、掛け合いの面白さが体験できそうですね。
広山:はい。読むだけで、つかさんの言葉の力に触れられますし。
宮原:やりたいですね。
広山:ほんとにそう思います。
宮原:ありがとうございます。
広山:この『青春おけおち篇』は私は映画を先に観てから脚本を読んだんですけど、脚本を読んでから映画を観るのもいいかもしれません。
宮原:戯曲や小説とも違う、シナリオならではの魅力をすごく感じました。
広山:はい。今月のわたしのおすすめ本は『シナリオ 青春 かけおち篇』でした。
宮原:ありがとうございました!
広山:ありがとうございました!

紹介:宮原奨伍 聞き手:広山詞葉
宮原奨伍(以下、宮原):それではつかこうへいを読む第3回目となります。 よろしくお願いします。
広山詞葉(以下、広山):よろしくお願いします。
宮原:今回、僕が紹介する本は『娘に語る祖国』つかこうへいさんの作品、1988年に出されたものですね。
広山:1988年。
宮原:はい。公文社から出ているものなんですけれども、なぜ僕がこの本を読んだのかっていうことを、まずお話しするとですね。
広山:はい。
宮原:そのつかこうへいさんっていうのは、在日韓国人だっていうアイデンティティがありますよね。
それについて彼がこんなふうに思ってるとか、どういう捉え方をしているかっていうことが、つかさんの作品には大きく反映されていて。そこが作品の根源になっている部分があるっていう話をほうぼうからたびたび聞いていて、その「祖国」ということを娘に語るつかさんのことを知れたら、そこが紐解けるのではないか、と思い、この本を選びました。
広山:なるほど。
宮原:それでまずは、この本には、どんなことが書かれているかというと、つかさんには娘さんがいらっしゃるんですけど、みなこさん(愛原実花:愛称「みなこ」)っていう女優さんで、熱海殺人事件も紀伊國屋ホールで風間杜夫さんと、平田満さんとご一緒にやられてましたけども。
広山:はい。2015年に上演されてましたね。
宮原:みなこさんが生まれて4歳になるところから書かれているんですね。
それで、つかさんは「パパはね。」ていう語り口調なんですよ。「パパはこうこういうことをしたんです。」っていう。
広山:娘へ向けての言葉遣いなんですね。将来、娘に読んでほしいという言葉の形になってるんですね。
宮原:そうですね。
広山:語りかけるような。
宮原:はい。娘への手紙みたいな感じかなというふうに、全体を通して思いました。
その中で、在日韓国人ということで、日本に住んでいて、差別をたくさん受けてきたということがまず前提に書かれているんですね。
広山:はい。
宮原:で、そのなんだろうな、韓国が戦争に負けて、日本に連れてこられた韓国人たちがいてっていう、その歴史がベースになっているわけだけれども、そこでそれを恨んでいてもしょうがないと。 あいつら日本人はって言っててもしょうがないと。そういうことを言ってるやつらのことを甘えてるやつらだって言ってるわけ。
広山:なるほど。
宮原:だから僕は甘えずに生きるということが書かれていたりするんだけど、それはすごくなんだろうな。 胆力がいることだったんじゃないかなって感じるわけですよ。
広山:うん。
宮原:韓国につかさんが祖国を知りに行くっていうタイミングがあるんですよ。それは、「熱海殺人事件」の韓国公演を上演された時のことで。
広山:あぁ。
宮原:つかこうへいっていうのは、日本でブームになっていて、その影響で韓国から「君の芝居を持ってきてくれ」って頼まれて行ったのに、空港で「恥ずかしくないのか?」とか「どの面下げてきたんだ?」みたいなことを言われたりとかするわけ。
広山:なんで?
宮原:それは「在日韓国人に何ができるんだ」みたいな。在日韓国人ということは、要は国籍が日本なので、韓国人からすると在日韓国人というのは、裏切り者のような感じで、日本国籍があるなんて韓国人じゃない!みたいな捉えられ方をしてたりするわけ。
広山:日本から芝居を作りに来たのに。
宮原:そういう出迎えられ方をされたと。で、つかこうへいさんって、そもそも韓国語をしゃべれないんですよ。
広山:そうなんですか?
宮原:うん。なぜ僕が韓国語をしゃべれないのかっていうのも、この本の中に書かれていたりもするんですけども、韓国語がしゃべれないから僕行きますよって、通訳の人がついてきてくれることになるんですね。
広山:はい。
宮原:で、通訳の人に本当に無茶しないでくださいよ。韓国では、今の日本のあなたの横柄な態度は通用しませんよ。みたいなことを言われるんだけど、 「知るか。俺が日本では偉そうで韓国に行って偉そうにしなかったら日本人に失礼だろ。」 って言うんです。日本をバカにすることになるだろう、みたいなエピソードもあったりして。
広山:なんで、韓国語をしゃべらないんですか?
宮原:日本にいるときに韓国に行ったんだって。親族に「お前は日本にいるんだから出世してくれ。」と、法学部に入って弁護士になってくれ、とかそういうことを言われて、つかさんは文学部に入るんだっていうことを言ったら、「そんな文学なんかやったって何の金にもならない、いい加減にしろ。」みたいなことを言われて、親にそんなことを言われるのがもう嫌で、親の言うことを聞きたくなくて、韓国語を覚えるのやめたんだって。
広山:親への反発だったんですね。
宮原:そうですね。この本は韓国に行った時の話が主軸で描かれているんですけど、その自分の祖国っていうのが何なのかっていうことがここに書かれています。僕は日本人で、国籍も日本っていうのはもう当たり前にある中で、 つかさんは、日本に居ても在日韓国人だし、韓国に行っても韓国人として認めてもらえないみたいな。 じゃあ、自分は何者なんだっていうことをすごく考えた人なのかな?
広山:そうですねぇ。
宮原:だからね、なんかこう、すごく弱い人、弱い立場の人を、愛を持って描くっていうのが、つかこうへい作品の特徴だと思うんですけど、そういうことが僕はこの本を読んで、ちょっと紐解けたのかなと思いましたね。
広山:いま話を聞いていて、つかさんのいう「祖国」はどちらを指すのかなというのがすごく気になりました。
宮原:そうですね。
広山:それこそ、売春捜査官なんて李先輩が出てきて、在日韓国人として、結構なことをされるじゃないですか。そういうことも書かれていたりするんですか。
宮原:そのまま書かれています。本当にこんな扱いを受けるのはおかしいんじゃないかって。 これだけ僕は祖国だと思って帰って来たのに、なぜそんな扱いをされるんだっていう。それこそ本当に李大全(り・だいぜん)のセリフがそのまま書かれているような感じだった。
広山:魂の叫びなんですね。
宮原・本当にそうだと思う。
広山:売春捜査官をやる上で読まないといけない本ですね。
宮原:そうですね。売春捜査官をやる上では特に意味のある本だと思いますね。つかさんがこの「娘に語る祖国」で書かれていることで、ああ、なるほどなぁと思ったのは、「これが俺の子供が息子だったら違う。」って書かれているの。
広山:あぁ。
宮原:息子だったらこうはなってないっていうね。
広山:うん。
宮原:なんかね、本当だったら、臨月で死んじゃったお兄さんがいたんだってことが書かれていて、 だからつかさんがどうして、日本人の女性と結婚して、その結婚した相手を韓国籍にせず日本籍のままで、とかっていう。 その選択と決断をいくつかしなきゃいけないシーンがあるの。その娘さんを韓国籍にするのか、日本籍にするのかとかね。なんかそういうところでも節目節目ですごく考えるところがあったんだろうな、と。
広山:そうですね。
宮原:すごく印象的だったのは、「僕は作家だから 一日1人の時間が3時間はないとダメなんだ」って書いてあるわけ。 一日1人の時間3時間ってすごくないですか? あるそんなに?
広山:私もないとだめかも。
宮原:3時間も?
広山:台本読む時だって1人ですよね?
宮原:たしかにそうですね。僕もそういう時間は必要なんですけど。一日稽古をやってる時間以外に、3時間自分で時間をとって 何かにかついて考えるとか、書き物をするというのはちょっと僕は難しいですね。 だから、どんな時間の使い方なんだろうなぁと思って読んでましたね。
広山:つかさんで3時間って、私、逆に少ないなと感じました。つかさんは、たくさんの人と会ってるからだと思うんですけど、作家さんって人に会わない人は本当に会わないじゃないですか。
宮原:そういうものなんですね。
広山:ちなみにこの本は、つかさんが演劇活動を休まれてた時の小説ですかね?
宮原:そうですね。1988年なので。家族ができたタイミングなんだよね。 おそらく。
広山:そっか。
宮原:でも子供が生まれる、そんな大事な時にも、人に相談事をされていて、僕はそっちを取っちゃったみたいな人なのよ。 出産に立ち会わずに翌朝、君を見た時に僕は~みたいなことも書かれていて。
広山:えー!
宮原: だからこれをね、もちろんみなこさんは読んでらっしゃると思うんだけど、どんな気持ちになったんだろうなって思いますね。 この本の中で、「僕は父としてスキャンダルも多いし、世の中に後ろ指さされるような生き方をしてきてしまったから、これを書くこと自体恥ずかしいんだけど、全部話します。」みたいな形で書かれていてね。 何を恥と思うかが人間の大事なことだよって、その娘に教えるような、親として責任みたいなものが書かれていたな。
広山: 勉強になりました。
宮原:というわけで、第3回は「 娘に語る祖国」でした。
広山: ありがとうございました!
宮原:ありがとうございました!

紹介:広山詞葉 聞き手:宮原奨伍
宮原奨伍(以下、宮原):おはようございます。
広山詞葉(以下、広山):おはようございますですけど、見てる人はおはようございますじゃないかもしれないですね。
宮原:そうですね。笑
広山:はい
宮原:それではつかこうへいを読む旅の第二回は詞葉さんが紹介してくれます。
広山:よろしくお願いします。
宮原:よろしくお願いします。
広山:私が選んだのは「つかへい腹黒日記」です。これは1、2、3とある中の、1作目ですね。
宮原:はい。
広山:これは、つかさんの日記が書かれていて、一作目は、1981年の9月10日~1982年の1月19日までが書かれた、まさに「日記」ですね。
宮原:5カ月間の日記なんですね。
広山:ここの時期の何が面白いかというと、つかこうへいさんが直木賞を受賞されたのが1982年の、1月。
宮原:なるほど。じゃあ直木賞までの4、5ヶ月間が描かれてるんですね。
広山:ノミネートされて、その出版者との話とか、それがあれですよ。今や有名な見城徹さん(現・幻冬舎代表取締役社長)が、その時のつかさんの担当で、当時は角川だったんですね。
宮原:そうなんですね。
広山:見城さんとのやりとりだったり、受賞されてからのお話だったりとか、あとは『銀ちゃんのこと』の公演の初日のことだったりとかが書かれています。
宮原:これは一人称は僕なんですか?
広山:僕です。本当に、日記ですね。
宮原:そうなんですね。
広山:すごい短い日もあれば、長い日もあるんですけど、あのね、
宮原:はい。
広山:もう冒頭3行からめちゃくちゃ面白くて。やっぱりこの、つかさんの言葉の強さを日記でも感じます。
宮原:その冒頭3行っていうのはどういう始まり方なんですか?
広山:一九八一年九月十日。 この夏、部屋に閉じこもりっきりで書いた『銀ちゃんのこと』三百枚が出来あがる。各出版社に電話して、入札するから金もって来いと連絡をとる。やはり現金取引の角川書店、話が早い。 オレ担当の見城徹がアタッシュケースに金を詰め込んで一番乗りしてきた。
宮原:なるほど。
広山:なかなかこんなパワーを持った日記ないんじゃないですかね?やってることが、すでにパワフルですからね。
宮原:すごいなあ。
広山:すごいワクワクしたのは、ここには女たちが出てくるんですよ。
宮原:女たち?
広山:はい、まさに女たちがいっぱい出てくるんですよ。 “めかけ”みたいな言い方してますけど。金沢の毬恵、ススキノの百合子、ロスのユミとか。
宮原:うんうん。
広山:ユミに会いたくなったら、急遽航空券を取って、思い立ってロスに会いに行ったりするんですよ。
宮原:はい
広山:ススキノのスナックやってる百合子に会いたくなってススキノに行ったりするんですけど、でも言葉を交わさずに出て来て、そしたら百合子はそっと涙する。と書いてあるんですけど、
宮原:はい。
広山:でもどうやらそれは、解説を読むと嘘みたいで。 笑
宮原:あ、全部作り話ってことね。笑
広山:架空の女たちなんですって。
宮原:想像の中でね。なんかいいね、それはそれで。
広山:日記だよ?笑
宮原:書くことないから書いちゃったのかな?
広山:面白いよね。でもそれでいいもんね。読み物だから、別に。
宮原:確かにね。そうですね。まず、この「腹黒日記」っていうのが、またね、いいですよね。
広山:ワードがね、いいですよね。でも確かに腹黒なんですよ、つかさんってわざと、口を悪く描くじゃないですか。
宮原:そうですね。
広山:ちなみにわたし、戯曲以外のつかさん作品を初めて読んだんですけど、そういう意味では、これが初めてでよかったなと思いました。
宮原:はははは
広山:なんかね、当時1800円で『銀ちゃんのこと』が上演されていたんですけど、そこで「いいか、客を人間と思うな。1800円が歩いてくると思え。」って書いてあるの。
宮原:なんだそれ笑
広山:腹黒でしょ。
宮原:腹黒だねー。 なかなかねお客さんに向かって言えないことだしね。
広山:そうですね。
宮原:じゃあこの腹黒日記っていうのは、つかこうへいさんの普段の生活だとか、使っていた言葉とか口調とか、そのまま書かれているんですか?
広山:そのまま書かれているし、つかさんの美学を感じます。
宮原:どんな美学?
広山:なんか俳優のことを、すごい貶してるんだけど、俳優が風邪ひいたらマンションまで行って看病してやって、とか、ごちそうしてやって、とか。 でも、ごちそうしてやったけど、途中から腹立ってきて、誰が何本焼き鳥の串食べたか数えて、風間はどうだ、平田はどうだ、みたいなことが書いてあるんですね。
宮原:面白そう。
広山:面白いですよ。あっという間に読めました。
宮原:他人の日記を読むっていう観点でも面白いかもしれないですね。
広山:ただ、おそらく、読まれる前提ではやっぱり書いてるんですよね。 引き出しの中に仕舞っておく、いわゆる私たちが小学生の時につけてた見られたら恥ずかしいやつとは、やっぱりちょっと違う、ちゃんとエンターテインメントとしての日記になっていると私は感じました。
宮原:なるほどなあ。じゃあ、その『銀ちゃんのこと』のことも書かれているってことですけど、その時代の雰囲気もすごく読み取れるっていう感じですか?
広山:そうですね。 まさにその紀伊國屋ホールで観る演劇のチケットが1800円とかも時代を感じるし、あと蒲田行進曲の小説を出されたのもその時期で、紀伊國屋ホールの受付のところでサイン会をした話だったりとか、当時のつかさんのイケイケの時代が書いてあります。
宮原:その時代の、そういう日記を読んで、詞葉さんはどんなことを感じたんですか?
広山:やっぱりかっこいいっていうのが私の感想でした。
宮原:かっこいい。うん。
広山:愛があるから。腹黒なこといっぱい書いてあるし口も悪いんだけど、それがきっと照れ隠しで愛の塊の方なんだな、と。 でもそれをまっすぐ暑苦しい感じには書かなくて、読み物として面白くしてあるのがすごいなぁと思いました。あっという間に読んじゃいましたし。
宮原:そうなんですね。
広山:あとすごい好きだった言葉が。
宮原:はい。
広山:あ、これも本当かどうか分かんないですよ。
宮原:もはやね。 笑
広山:そうそう、どこからどこまでが本当で、どこからが創作なのかは分かんないんですけども、エンタメとして読む話として、蒲田行進曲の小説を出して、そのサイン会をしてる時に「これ、私のことを本にしましたよね!」って女の人が突っかかりに来たんですって、つかさんに。
宮原:えー
広山:馬乗りになって首を絞めてきやがったって。 それをつかさんは、さらに馬乗りになって首を絞めてやったんだって。
宮原:ええ!
広山:で、「出版社の担当者や紀伊国屋書店の係の人たちが慌てて飛んできて、俺をその女から剥がそうとするが、俺はそいつらを手で払いのけ、さらにぐいぐい女の首を絞めたよ。 よだれをたらたら流し、ロンパリになった俺の目を見て、周りの連中はつかさんが狂った!つかさんが狂った!と躍起になって、俺を取り押さえた。」っていう話があるんですけど、その後、狂った女の方が逆にしらけちゃって、正気に戻って帰って行った。とあって。
宮原:ははははっ
広山:その後の1行が「ざまあみろってんだ。 お前らとは狂い方の格が違うんだよ。」って!
宮原:うん。
広山:かっこいい!
宮原:なるほどね。笑 え、狂いたい人なんですか?詞葉さんは。
広山:そうかも。笑 いやかっこいいなぁって。私ここが一番好きでした。
宮原:そっか。なぜこんなにもつかこうへいさんやその作品に魅了されるのかどうかっていうのを、本企画の中で探っていきたいって言ってたじゃないですか。
広山:はい。
宮原:ここにちょっと、ヒントがあるのかもしれないですね。
広山:そうですね。今まだ旅を始めてまだ数ヶ月の序盤ですけど、今のところ私が感じているのは、愛とユーモアがある人だから、そこに惹かれているって感じがしてますね。
宮原:なるほど。
広山:わたし『つかへい腹黒日記』を読んだところまでの私の旅の途中の感想です。
宮原:ありがとうございます。僕も読んでみますね。
広山:ぜひ。読んでみてください。あっという間に読めます。
宮原:第2回のつかこうへいを読む旅『つかへい腹黒日記』でした。
広山:ありがとうございました!
宮原:ありがとうございました!

紹介:宮原奨伍 聞き手:広山詞葉
広山詞葉(以下、広山):記念すべき第一回目の本紹介、お願いします!
宮原奨伍(以下、宮原):新潮社から出ている、長谷川康夫さんの『つかこうへい正伝』です。
広山:どんな本ですか?奨伍さんが何度も読んでいる痕跡がありますが。
宮原:そうですね。著者の長谷川康夫さんは、つかこうへいさんの伝記であると共に、自伝のように書かれています。長谷川さんが、つかこうへいという人物を世に伝えたいという情熱、そして長年一緒にいたからこそ分かるエピソードが散りばめられていて、つかこうへいという人間の感情を深く知ることができるようになっています。
広山:長谷川さんは俳優さんで、学生時代からつかさんと付き合いがあったんですよね。
宮原:そうですね。
広山:長谷川さん目線で描かれているんですか?
宮原:長谷川さん目線だけではなく、50名以上の方々に取材をして、その人達から聞いた話が載っています。でも、つかさんは長谷川さんにはこう言っていた、というつかさんの二面性が見えたりするのも面白いんです。
広山:著者の考察なども含まれているんですね。
宮原:そうですね。ここに書かれているのが、つかさんが生きていたら「てめえの日記にオレを出しに使うんじゃねえ」って言われそうだ、みたいなことが書かれていて。
広山:長谷川康夫さんは、つかこうへいさんが『つかこうへい』になる前からお付き合いがあると思うのですが、その頃からのお話も書かれているんですか?
宮原:はじめは、携帯電話が鳴る所から始まるんです。電話は劇団「つかこうへい事務所」の制作を務めていた菅野重郎さんからで、「つかさんからパッタリと連絡が来なくなったんだけど…」という所から始まって。そのあとは、大学時代の話で、最初は詩を書いていたという話も出てきますね。
広山:脚本じゃなくて?
宮原:ポエムですね。処女作の『ミルキィドライブ』もここに載ってますね。で、この本の表紙にも1968年から1982年と書いてあるんですが、
広山:何の年代ですか?
宮原:つかこうへいさんの、ここからここまでを順序立てて書いてありますよ、ということです。一番最初だけ「別れ」から始まりますが、そこからは大学時代のことや、VAN99ホールのこと、紀伊國屋ホールから声がかかるまでの話も出てきます。実はつかさんって、紀伊國屋ホールに凄い憧れてたって。
広山:へー!
宮原:「新劇」という所から評価されたいって凄く思っていたみたいで。紀伊國屋ホールは新劇の聖地だったから。
広山:そうですよね。
宮原:つかさんが劇場に来るとお祭りになるみたいですね。
広山:お祭り?
宮原:お客さんと同じように、劇場スタッフもみんな喜んでいました、みたいなことも書かれてて。
広山:つかさんを追っていくことで、その時代の演劇の雰囲気も伝わってくるって感じですね。
宮原:凄い伝わってきますね。1982年というのは、劇団「つかこうへい事務所」が解散するまでが書かれていて。続編で『つかこうへい正伝Ⅱ』もあって、そこでは1982年の劇団解散から1987年の「演劇活動再開」までの、いわば空白の期間となっていた頃のことが書かれています。
広山:わあ、面白い。
宮原:実はまだ僕もⅡは読めていないので、詞葉さんに読んでもらってここで話してもらおうかと思っています(笑)
広山:分かりました(笑)『つかこうへい正伝』にはどんなつかさんが描かれているんですか?
宮原:脚本をどういう風に書かれていたか、とか、実はこの女性に惚れていたんじゃないか、とか。
広山:赤裸々な。
宮原:結構赤裸々ですね。帯にも書かれていますけど、「役者はウケてんじゃねぇ、オレがウケてんだ!」も人柄が出てるなと。
広山:これ凄いですね、今までインタビューを受けてくださった皆様が、つかさんの印象に残っている言葉でこれを挙げてますよね。
宮原:そうですね。この本には風間杜夫さんや平田満さんや井上加奈子さんや三浦洋一さん、角野卓造さん、柄本明さんなど、今も活躍する方々が続々と登場するんですが、あ、そこで出会ってるんだ!とか、その時もうここにいたんだ!とかも楽しめます。
広山:ちょっと今、目次だけ見てても面白くて、第5章「教祖への道」。
宮原:よく書きましたよね「教祖への道」って。でもこれって、つかさんが亡くなってから出版されてるんですけど、準備段階はご存命だったわけで、
広山:はい。
宮原:長谷川さんがこれを一冊書くのに構想含めて6年くらい掛かってるんですよね。僕がこれを読んで思ったのは、つかさんは本当に人が好きなんだと思うんです。誰と誰が今そこで揉めていて、よし、じゃあオレが解決してやろう!とスッと中に入ったりするエピソードなんかもあったりして。
広山:そうなんですね!わたしも少し目を通した時に、面白かった所があって。
宮原:なんですか?
広山:つかこうへい、つかこうへい、つかこうへいつかこうへい、「いつかこうへい」と言われている有名なあのエピソードがありますが、実はそんなことはないっていうのありましたよね。
宮原:ありましたね。
広山:それが衝撃で(笑)
宮原:(本を開いて)ここですね。「つかこうへいのペンネームについては、そろそろ触れておかなければならないだろう。つかこうへいが、“何時か公平”を意味し、自らの在日韓国人という立場への思いが込められているという、現在すっかり独り歩きしてしまった説を唱えたのは、評論家のソンミジャである。(中略)つかは否定しながらも、「ぼくはいつも虐げる人間と虐げられる人間を描いてきたから、そう受け取ってもらっても構いませんよ」と、微妙な答え方をしたというのだ。ああ、つかさんやったな…と僕は思う。」ってありますね(笑)
広山:ははははっ(笑)
宮原:「ゆえに“何時か公平”説を伝えられたとき、つかはかなり面白がったのだと思う。「これ使える」と、瞬時に判断したのだろう。思ってもみなかったこじつけにどこか喜び、「そう受け取ってもらっても構わない」と言葉をわざと濁して、ニヤリとしたのではないか。」
広山:面白い。このエピソードだけでもつかさんの人柄が見えてきますね。
宮原:他にもエピソードは沢山あって。
広山:はい。
宮原:長谷川康夫さんが主演で決まってた舞台を急に降ろされたことがあって、「お前、自分が降ろされた舞台見たくねえだろ、どっか行ってこい」ってお金を渡されて長谷川さんが一人で遠くに行ってはそこで、黙々と脚本の写しをさせられてたらしくて、それを面白おかしくネタにされてたって。
広山:そんなことまで書いてるんですか。
宮原:この本の最後は、映画版「蒲田行進曲」のことが書かれてて終わるんですけど、つかさんが、監督の深作欣二さんにジェラシーがあったらしくて。
広山:嫉妬されたんですか。
宮原:自分の作品を映画化することになって、舞台よりもヒットしたことを現実に見せられた時に、執筆を一度辞める時期に入ったから、それも影響したのかなとか思いながら読んでましたね。
広山:そこから『つかこうへい正伝Ⅱ』に繋がっていくわけですね。
宮原:はい。改めてこの一冊っていうのは、つかこうへいさんを知る上でバイブルと言っても過言ではない一冊だと思います。つかこうへいさんがどこで生まれて、どういう境遇で育って、どんな学校に行って、どんな方々が周りにいて、どんな道に進んでいくのか、初めて劇場に進んでいく時の話も書かれています。そこから“つかブーム”になっていくまでの流れなど全てここに詰まっています。是非、興味を持って頂けた方は、一緒に読んでいきましょう。
広山:ありがとうございました!
宮原:ありがとうございました!



