『つかこうへいを読む旅』第9弾
「売春捜査官」(つかこうへい著)が公開されました。

『売春捜査官』は、つかこうへい作品の中でも、とりわけ過剰で、危うく、そして人間の本性がむき出しになる一作です。
捜査という名目のもとで展開されるのは、正義の追及ではなく、言葉と感情による徹底的な支配と転倒のドラマです。

密室で繰り広げられるやり取りは、尋問であり、告白であり、同時に芝居そのものでもあります。
立場の強弱はめまぐるしく入れ替わり、加害と被害、支配と服従の境界線は容易に崩れ去っていきます。
そこに浮かび上がるのは、「正しさ」を振りかざす者の暴力性と、愛されたいと願う人間のあまりにも脆い姿です。

『売春捜査官』が突きつけるのは、社会的正義や倫理の仮面の下に潜む欲望と恐怖、そして他者を裁くことでしか自分を保てない人間の姿です。
過激な台詞と笑いの奥には、どうしようもない孤独と、生き延びるための必死な叫びが隠されています。

本作は単なる風俗犯罪劇ではなく、言葉が人を傷つけ、同時に救ってしまうという、演劇の持つ残酷さと可能性を極限まで押し広げた“言葉の格闘劇”です。
観る者は、登場人物を笑いながら、いつの間にか自分自身の倫理や正義を問い返されることになります。

『つかこうへいを読む旅』第9弾では、『売春捜査官』を通して、
つかこうへいが描き続けた「裁く側」と「裁かれる側」の反転、
そして人間が他者を必要としながら、決して理解しきれないという矛盾に迫っていきます。

紹介:広山詞葉 聞き手:宮原奨伍

宮原奨伍(以下、宮原):それでは、「つかこうへいを読む旅」、今回が最終回になりますね。

広山詞葉(以下、広山):そうですね。あっという間ですね。

宮原:今回紹介していただくのは何ですか?

広山:『売春捜査官』です!

宮原:はい。今日紹介してもらうんですけれども、この本は戯曲としてあって、実際にご覧になった方も多い作品なんじゃないかなと思います。

広山:『売春捜査官』は、我々が今回二本立てとしてやる、『熱海殺人事件』と『売春捜査官』のうちの一本の『売春捜査官』ですね。

宮原:なかなか年季の入った本ですね。こんなボロボロの。いつ読んだんですか?

広山:売ってないんですよね。なかなか。ちなみにこの本を買ったのは、一昨年の「新感覚・つかこうへい」を上演した時ですね。2024年の1月くらいに買ったのかな。オファーをいただいて、舞台で『売春捜査官』を観たことはあったんですけど、書籍として読んだことはなかったので、買いました。

宮原:そうなんですね。

広山:多分、『売春捜査官』って、『熱海殺人事件』と違って、書籍として出ているのはこれだけだと思います。『熱海殺人事件』は何本か出てますよね?

宮原:『熱海殺人事件』も、全体を紹介した『熱海殺人事件』と『新・熱海殺人事件』くらいなんじゃないですかね。

広山:『売春捜査官』の書籍も、私が調べる限り、販売されているのはこれだけです。

宮原:そうですよね。これはどういう本なんですか?

広山:1996年が初演で、初演も大分の「大分市つかこうへい劇団」の旗揚げ公演ですよね。そのために、つかさんが書いた本で、『熱海殺人事件』が演劇界で絶大な人気を誇って、じゃあもしその『熱海殺人事件』の木村伝兵衛部長が女性だったら、というお話ですね。

宮原:そうですね。

広山:なので『売春捜査官』って言ってはいるんですけど、本来は『熱海殺人事件』、サブタイトル『売春捜査官』みたいな位置づけですよね。もともとは。

宮原:はい。

広山:これはでも、やっぱり自分が女っていうのもあると思うんですけど、1990年代の女性が、まだそんなに社会でどんどん前に出ていく時代じゃない。今でこそ女性総理大臣が日本でも誕生しましたけど、1980年代に男女雇用機会均等法が出て、それからちょっと経って、でもまだまだ世の中、女がトップで働くには、という時代に書かれた本なんですよね。

宮原:女性が読むと、また僕たちとは違う視点になるんだろうなと思いますね。

広山:木村伝兵衛部長が警視庁捜査一課の部長として、男性陣を引き連れて捜査を進めていく大変さや踏ん張りどころを、私は今、自分が木村伝兵衛部長として読んでいるので、本当に心が動きます。涙も出ますし、それだけじゃなくて、とにかく踏ん張っている女性が描かれているな、というのが『売春捜査官』ですね。

宮原:これ、オープニングからちょっと違いますよね。

広山:違います。

宮原:読みますね。「あなたは私のかなり好みのタイプだと申し上げたのです。私もここまで露骨に告白した以上、行くところまで行くつもりです。」

「なんです、行くところまで行くつもりって」

「あなたも私に一目惚れした以上」

 「いつ一目惚れしたんです、私が」

 「毒を食らわば皿までという気持ちで、私にドーンとぶつかってきてください」

 全然違うんですね。

広山:全然違いますね。

宮原:「オラ来るとこ間違えたわ」「私、昔、男の方とキスをしたことがありまして……」って続いて、「途中でこいつ嘘キスをしている、私をもてあそんでいる分かりまして、カーっとなって、その男の舌を噛み切ってやったんです」って。全然違う(笑)。

広山:それ言うと、この本での部長は、一応バージンだって言ってますよね。

宮原:言ってますね。「バージンです!」のバージン。ああ、言ってたなって思いました。今回の私たちがやっている『売春捜査官』は、そうではないです。だから『売春捜査官』も、本当に何年もやられてきた演目ですからね。

広山:そうですね。

宮原:つかさんが口立てて、いろんなバージョンができているのが事実だと思います。

だからこの本を読むというのが、いちばん最初の初稿なんですね。一番最初に書かれたベースがこれだと思います。『売春捜査官』を観て、「原作は?」って思う人にはおすすめですね。

広山:おすすめできる本だと思います。そして締めは、もうお決まりの、帯にもなっている「今、義理と人情は女がやっております」。そこに行き着くまでのストーリーなんだなと、読んでいても思いますし、やっていても思います。

宮原:今、稽古としてはどうですか?

広山:12月1日から12月いっぱい、ずっと『売春捜査官』の稽古をしてきました。演出の逸見さんはつかさんの元で実際に口立てされながら『売春捜査官』の大山をずっとやっていた方なので、「ここはこういうこと」「ここはこういうこと」って、本だけだと読みきれない部分をたくさん教えてくれている感じがします。

宮原:なんでここ、こうなってるんだろうっていうところ、ありますよね。

広山:そうなんです。「なんでこれ出てきたんだろう」とかも、「つかさんがこう言ってたんだけど」って、つかさんはもうご存命じゃないけど、逸見さんを通して、今、つかさんの言葉を教わっている感覚があります。

宮原:特別な状況ですよね。

広山:本当にそう思います。そして『売春捜査官』と『熱海殺人事件』、両方やれているのは、すごく特別だなと思っています。

宮原:正直、この書籍自体は、僕はちゃんと読めてないんですよね。

広山:今回『売春捜査官』を上演するにあたって、どの『売春捜査官』がいいかって、4つか5つくらい読み合わせしましたよね。

宮原:しましたね。

広山:その中で、この要素をここに、この要素をここに、って作業を、逸見さんと一緒にやってきた。だから、すごくいい『売春捜査官』ができているんじゃないかなって思っています。

宮原:なんで戸田という人物が、ホモとして描かれているのか。しかも、在日韓国人の李大全という役も同じ人がやっている。

広山:そこも、この脚本から読み取れるところですよね。登場人物が4人って書いてあるので。

宮原:ここで初めて、つかさんが自分が在日韓国人で、こういう思いをしてきたっていうことを吐露した作品だとも言われていますよね。

広山:『熱海殺人事件』では、李大全は出てこないですもんね。

宮原:そうなんです。『売春捜査官』になって初めて出てくる。

広山:そういう意味でも、また違う深さで、つかこうへいを知れる作品だと思います。

宮原:読んだことのない本を紹介するのと、これだけ稽古してきた本を紹介するのとでは、やっぱり違いますよね(笑)。

広山:全然違いますね。

宮原:ざっくり、あらすじだけ紹介しておきますか?

広山:はい。『熱海殺人事件』の木村伝兵衛部長が女性だったら、という設定で、警視庁捜査一課部長・木村伝兵衛が、部下の戸田、かつて付き合っていた熊田刑事、そして熱海で起きた殺人事件の容疑者・大山金太郎と向き合いながら、なぜ大山金太郎が幼なじみであるアイ子を殺したのか、その真相を追っていく物語です。大枠は『熱海殺人事件』と同じですが、その過程やラストは全然違いますよね。

宮原:観る順番としては?

広山:私は『熱海』を観てから『売春』がおすすめですね。

宮原:僕は逆で、『売春』を観てから『熱海』の方が、今の人には入りやすい気がします。

広山:なるほど。どちらからでも大丈夫です!

宮原:そうですね。ということで、『売春捜査官』のご紹介でした。間もなく本番ですので、ぜひ劇場に足を運んで、この戯曲が立体的になった姿を観てください。そして、そのあとにこの本を読んでいただいてもいいかなと思います。ということで、「つかこうへいを読む旅」、最後は『売春捜査官』でした。

広山:ありがとうございました!

宮原:ありがとうございました!

https://youtu.be/tcJyi-IOKVg

1970〜80年代、日本演劇に激震を走らせたつかこうへいの言葉と方法論を、弟子として最も近い距離で浴び続け、その創作の現場を内側から生きてきた人物です。

俳優として、そして後に演出家として数多くのつか作品に関わるなかで逸見さんは、過剰な言葉が放たれる理由、極限まで俳優を追い込む稽古の意味、理屈を超えて感情が噴き出す瞬間がいかにして立ち上がるのかを、現場で体感し続けてきました。それは作品を「整える」演出ではなく、つかこうへいの言葉と思想を舞台上に成立させるために、演出家自身が身を削り続ける行為だったと言えます。

本対談では、つかこうへいの現場で何を学び、何を受け継ぎ、そして時代が変わった今、何を問い直しているのか──。体験者であり継承者でもある逸見輝羊さんの記憶と言葉が、「つか演劇とは何だったのか」、そして「演出家が演劇を生きるとはどういうことか」を、静かに、しかし確かな強度をもって問いかけます。

数多くのつかこうへい作品に関わり、つかこうへい氏の弟子として、稽古場の最前線で“つか芝居”と向き合い続け、その厳しさと熱量を誰よりも体感してきた当企画の両作品の演出でもある逸見輝羊さんをお迎えいたしました。

今回の対談では、当企画について、師の背中から学んだ演劇への姿勢、そして演出家として俳優とどう向き合い、言葉と身体を舞台上に立ち上げてきたのかなど、貴重なお話を伺いました。つか作品を内側から知る逸見さんならではの視点は、演劇ファンはもちろん、俳優や演出家を志す方にとっても必見の内容となっています。

この企画は、宮原奨伍が初のプロデュースで挑む紀伊國屋ホール公演までの365日を追うドキュメント企画です。
当ホームページ内【つかこうへいを語る旅】よりご視聴いただけます。

紹介:宮原奨伍 聞き手:広山詞葉 

宮原奨伍(以下、宮原):それでは第8回目です。よろしくお願いします。

広山詞葉(以下、広山):よろしくお願いします!

宮原:今回ご紹介するのは、『熱海殺人事件』と『新・熱海殺人事件』です。『熱海殺人事件』は1973年に出版された作品で、『新・熱海殺人事件』は1990年に出版されていますね。

広山:『熱海殺人事件』は、文学座さんに書き下ろされたものですよね?

宮原:そうですね。『新・熱海殺人事件』は、つかこうへいさんがつかこうへい事務所を解散して、一度演劇から距離を置いた後に書かれた作品です。事務所を解散したのが1982年なので、その後、活動を再開されてからの途中で発表されています。

広山:何が違うんですか?

宮原:今回公演するにあたって、「どのバージョンの熱海殺人事件をやるんですか?」とよく聞かれるんですよね。

広山:私自身も、とても興味深いです。

宮原:そうですよね。初稿は文学座さんの公演のために書き下ろされたもので、物語としてとても分かりやすいんですよね。

広山:私も初稿の『熱海殺人事件』を読ませていただいて、ストーリーがすっと入ってきました。

宮原:そうなんですよね。ただ、オープニングで部長が受話器を片手に怒鳴っているシーンがなかったり、大山金太郎の浜辺のシーンも違う描かれ方をしていたりするんです。

広山:全体的にシンプルに感じました。

宮原:なので、僕としては初稿をベースにやりたいと思っているんですが、エンターテインメント性やテンポ感、勢いといった、僕が憧れる“つかこうへいさんの芝居”として、どう噛み合うのかは、今でも本当に考え続けています。

広山:そうですね。

宮原:この二つの大きな違いの一つが、登場人物の名前ですよね。片桐ハナ子が、水野朋子に変わっています。

広山:設定も違うんですか?

宮原:設定も少しずつ変わっていますね。それから、山口アイ子が殺される原因が「コケ女」だったという点です。売春をしていて、大山金太郎が千円札を差し出してしまったことが大きな引き金になっている、という描写があるんですが、それが書かれているのが『新・熱海殺人事件』です。

広山:それは初稿の『熱海殺人事件』には書かれていないですよね。

宮原:そうなんです。なぜそのように書き換えられたのか、僕自身もはっきりとは分かりません。ただ、「つかこうへいを知る旅」として、みなさんにも一緒に考えながら知ってもらえたらいいなと思っています。

広山:そもそも、『熱海殺人事件』ってどういう話なのかのご説明をお願いします(笑)

宮原:三面記事にもならないような小さな事件を、木村伝兵衛たちが、いかに社会的価値を見出し、大きな事件として仕立て上げていくか、という物語です。

広山:面白いですよね。

宮原:そうですね。

広山:そのストーリーが一番よく分かるのが、初稿だなと思います。なので、本として読むのであれば、初稿の方が読みやすくておすすめだと思います。

宮原:同感ですね。演劇ファンの方も、つかさんを知らない方も、まずは初稿の『熱海殺人事件』を読んでみてほしいです。

広山:そうですね。

宮原:それから、『熱海殺人事件』をやってみたい役者の方も多いと思うんですが、その際に、両方を読んで考えてみる、というのもいいと思います。

広山:読み比べるの、楽しいと思います。

宮原:はい。今回は『熱海殺人事件』と『新・熱海殺人事件』をご紹介しました。

広山:ありがとうございました!

宮原:ありがとうございました!

『つかこうへいを読む旅』第8弾
熱海殺人事件/新・熱海殺人事件」(つかこうへい著)が公開されました。

『熱海殺人事件』は1973年の初演以降、幾度となく上演と改稿を重ねながら、日本現代演劇を象徴する作品として立ち上がり続けてきました。
警察署の一室という極めて限定された空間で繰り広げられるのは、事件捜査を装った、愛と暴力、差別と欲望が剥き出しになる人間の闘争です。

そして『新・熱海殺人事件』では、時代の変化を受け止めながら、人物造形や関係性が更新され、同じ物語でありながらまったく異なる顔を見せます。
そこにあるのは「正義」や「成長」といった言葉の空虚さと、人間が抱え続ける矛盾や弱さを、容赦なく突きつけるつかこうへいの視線です。

本作は単なる犯罪劇ではなく、権力と服従、愛されたいという渇望、そして言葉によって他者を支配し、また救おうとする人間の姿を描いた“人間劇”です。
怒号のような台詞の奥に潜む孤独と絶望は、時代を越えて観る者の胸に突き刺さります。

『熱海殺人事件』と『新・熱海殺人事件』を読み比べることで見えてくるのは、つかこうへい自身が時代と格闘し続けてきた痕跡であり、「演劇は更新され続けなければならない」という強烈な思想です。

『つかこうへいを読む旅』第8弾では、この二作を通して、つかこうへいが描き続けた人間の醜さと愛しさ、その両極を読み解いていきます。

酒井敏也さんの俳優人生において、つかこうへいはまさに「身体ごと引き受けざるを得ない存在」でした。1970〜80年代、日本演劇に激震を走らせたつかの言葉と演出は、俳優・酒井敏也の身体を通して、舞台上に生々しく刻み込まれてきました。

数多くのつか作品に出演するなかで酒井さんは、過剰な言葉、極限まで追い込まれる身体、そして理屈を超えて感情が噴き出す瞬間に真正面から向き合ってきました。それは役を「演じる」というよりも、つかさんの言葉を肉体に通し、観客の前に立ち上げる行為そのものだったと言えます。

本対談では、つかこうへいの現場で何を要求され、何を削られ、そして俳優として何が残ったのか──。体験者だからこそ語れる記憶と言葉が、「つか演劇とは何だったのか」、そして「俳優が演劇を生きるとはどういうことか」を静かに、しかし強く問いかけます。

インタビュー企画【宮原奨伍とつかこうへいを知る旅】にて、俳優の 酒井敏也さん をゲストに迎えた対談動画が公開されました。

数多くのつかこうへい作品に出演し、その独特の存在感と身体性で強烈な印象を残してきた酒井敏也さん。舞台のみならず、映像作品でも幅広く活躍し続け、日本演劇界において唯一無二の立ち位置を築いてきた俳優です。

今回の対談では、つかこうへい作品との出会い、俳優として現場で感じてきた“つか芝居”の厳しさと魅力、そして身体を通して言葉を立ち上げることへの想いなど、貴重なお話を伺いました。つか作品を内側から知る酒井さんならではの視点は、演劇ファンはもちろん、俳優を志す方にとっても必見の内容となっています。

この企画は、宮原奨伍が初のプロデュースで挑む紀伊國屋ホール公演までの365日を追うドキュメント企画です。
当ホームページ内【つかこうへいを語る旅】よりご視聴いただけます。

マキノノゾミさんの演劇人生において、つかこうへいは「避けて通れない存在」でした。1970〜80年代、日本演劇に決定的な衝撃を与えたつかの言葉と熱量は、マキノさん自身の創作意識にも深く刻まれています。

『初級革命講座 飛龍伝』の演出をはじめ、マキノさんはつか作品に真正面から向き合い、その過剰さ、危うさ、そして言葉が身体を突き動かす瞬間を、現代の舞台へと接続してきました。そこには、つかを神話化するのではなく、「今もなお生きて作用する演劇」として立ち上げようとする明確な意思があります。

本対談では、つかこうへいという存在をどう受け止め、どう距離を測り、何を受け継いできたのか──。演出家・劇作家としての視点から語られる言葉は、「継承」とは何かを改めて問い直すものとなっています。

インタビュー企画【宮原奨伍とつかこうへいを知る旅】にて、俳優・脚本家・演出家の マキノノゾミさん をゲストに迎えた対談動画が公開されました。

劇団M.O.P. を旗揚げし、以降『東京原子核クラブ』『高き彼物』『ローマの休日』など多数の舞台作品で劇作・演出・脚本を手掛け、鶴屋南北戯曲賞や読売文学賞など数々の演劇賞を受賞してきたマキノノゾミさん。

今回の対談では、つかこうへい作品の魅力演劇に対する想いなど、沢山のお話を伺いました。特につか作品への理解や演出観、時代と演劇の関係についての洞察は、多くの演劇ファンにとって必見の内容となっています。

この企画は、宮原奨伍が初のプロデュースで挑む紀伊國屋ホール公演までの365日を追うドキュメント企画です。
当ホームページ内【つかこうへいを語る旅】よりご視聴いただけます。